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2017年10月11日

あーちゃんのベトナムワーク&ライフ
Vol 4::ベトナム生活4年の振り返り

シンチャオ!

私はベトナムに来て10月で丸4年になりますので、折角なので今までのことを振り返ってみました!
私はベトナムに来るまで一度もベトナムに来たことはありませんでした。たまたまインターネットのカンボジアの求人サイトでHRnaviの募集を見つけました。なんだか怪しいサイトだな・・・と思いつつ、海外なので英語で履歴書を送ってみました。するとすごい上手い日本語でベトナム人からメールが返ってきました。そう、社長のPhucからです。早速、一次面接をSkypeですることになり、初めてベトナム人と話すので、どんな感じかワクワクしました。色々と話して、一次面接は合格したようで、今度、Phucが東京へ出張行くから会おう!ということになりました。
翌月、東京でPhucに会いました。Phucはスーツをバシッと着こなしていたので、初めてベトナム人を見た私はちょっと意外で驚きました。でもなんで素足に革靴を履くんだろう?(石田純一か?)とちょっと疑問でした。そしてカフェでPhucがベトナムコーヒーを頼んだのは今でも忘れません。笑

入社して1カ月ホーチミンで研修をしました。システムやドキュメントは全て英語。今まで日本語でしか働いたことがなかった私には、最初はかなり辛かったです。名刺1枚入力するのに10分以上かかる始末です。お客さん同行したり、夜は会食に行ったり、すごく目まぐるしく時が過ぎていきました。元々ハノイに行くのが決まっていたので、いつ行きますか?とPhucに聞くと、自分で決めていいよ、と言われたのは、とても新鮮でした。日本だと全て会社が決めるので、自分で決めていいんだ!と驚きと嬉しさが混じった感じでした。
ハノイに赴任してからは、最初は右も左もわからず、とりあえずみんなに聞きまくり、一人でシステムをいじってみたり試行錯誤しました。最初は分からないので、失敗してベトナム人スタッフに怒られたり、ベトナム人同士で喧嘩して泣いてたり、驚きの連発でした。
一年経ったころに、少し慣れてきたから、自分の価値ってなんだろうと思ったことがあります。ベトナム人でも日本語ができるし、自分の役目はなんだとうと。今思うと自分の視野が狭くて、仕事ができたつもりになっていたんだと思います。
2年目になるとたくさん社員が辞めていき、ハノイ事務所は私入れてたったの3人になりました。ちょっと本気でハノイ事務所をたたむか?!という話もあったくらいです。その時は自分で登録者にも電話して、人を探して、分からないなりに、何とかしよう!という気持ちで働いていました。今となってはあの頃の経験も必要だったんだなと思います。
3年目になると会社も組織っぽく仕組みが整ってきました。自分自身にも自信が出てきたのか、今まで中々自社の採用ができなかったのに、面接でよく私と働きたいと言ってもらえるようになりました。多分自信が表に出ていたんだと思います。
業務のほうもそれまでよりも高級な案件を決めることができ、お客さんから非公開の求人も預かるようになりました。
4年目になると組織も変わり、ほとんどが新卒で日々教えることで時間が過ぎていったように思います。正直もう自分が案件が決まってもそんなに嬉しくないので、いかにみんなに成功してもらえるかを考えていますが、そんなに簡単なことではないですね。
5年目は副業の化粧品販売も頑張りたいです。

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プロフィール
吉田綾華(よしだ あやか)
E-mail: ayaka.yoshida@hrnavi.com
Tel: 0968096784

1987年生まれ、石川県出身。
人の役に立ちたい!という想いから、東南アジアと人材の軸で仕事を探し、2013年からアイグローカル・リソースに入社。自らの海外就職の経験とホーチミン、ハノイの両拠点での勤務経験を生かし、お客様と登録者の懸け橋となりアドバイスを行っている。